大城亜水研究室 Tsugumi Oshiro Laboratory

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研究内容

研究テーマ

ワークライフバランス論の史的研究

研究目的

本研究は、労働と生活の関係性が問われる中で、どのように労働と生活を上手く組み合わせれば不十分な状態(過労死・過労自殺問題、非正規労働者の雇用不安定化など)から脱却できるのかをそもそもの問題意識としています。これまで進めてきた研究活動のなかで、その解決の糸口は現在脚光を浴びているワークライフバランス論の延長線上にあるのではないかと考えます。この問題の本質は労働時間と生活時間の関係性を追求し、その時代のあるべき労働・生活像を抽出することにあります。しかし、ワークライフバランスに関する先行研究のほとんどすべてはいたずらに現代的なところに収斂しており、歴史的な視点を著しく欠いていると言わざるを得えません。それに対して、本研究は「教化」という言葉を軸に、日本における労働と生活の関係性を史的に問い直すことを目的に研究を進めています。

権田保之助、大林宗嗣の余暇・娯楽論

まずは、本研究の課題である労働と生活の組み合わせを考える際の原点になるであろう1920年代(大正時代)の労働と生活の形成過程史をたどることから始めました。その検証方法は、生活時間からのアプローチに重点を置きながら、労働時間をも視野に入れるというもので、生活時間の中でも特に「余暇」あるいは「娯楽」に焦点を絞りました。

具体的には、当時の先駆的な娯楽研究者であった権田保之助(ごんだ・やすのすけ)の所説を取り上げました。権田は大正時代の生活状況や労働環境を概観し、生活ルールの基盤作りのプロセスを精査しようと試みた人物であり、労働と生活の両側面から捉えた研究者の一人として位置づけることができます。権田は1920年代から労働と生活の関係性を問う上で、余暇あるいは娯楽の浸透を通して生活の質的向上というものを強く意識していました。その後、日中戦争勃発という空前の時代に直面した権田は、戦時下における娯楽状況をめぐる国家管理・統制の推移や動向を分析し、その内実の矛盾を明らかにしようとしていきました。

また、本研究の重要性をより明らかにすべく、権田以外に娯楽研究の先駆者であった大林宗嗣(おおばやし・むねつぐ)をクローズアップし、多角的な検証を試みました。娯楽を追求するにあたって、権田は娯楽のみに特化した理論家であったのに対し、大林は研究対象を娯楽に限定せず、幼児や婦人など広範囲であり、タイムリーな問題に非常に敏感な活動家であったと位置づけられます。ただし、両者とも「教化」という面で共通しており、権田は娯楽を突き詰めることで教化が重要なファクターであることを見出し、大林は娯楽をはじめ幼児保護研究や女性研究などあらゆる社会問題からアプローチした結果、教化が重要であることにたどりついたことが分かりました。

安藤政吉の最低生活および最低賃金論

次に、1930(昭和5)年~1940(昭和15)年代の労働と生活の過程を丹念に追い続けた安藤政吉(あんどう・まさきち)に焦点をあて、近代日本における労働・生活像の一断面を析出しました。具体的には、安藤が最低生活費研究の確立に向けて、どのように最低生活費の解明に取り組んだのか、その足取りを追いました。安藤は国民生活の安定のために栄養、住居、教育、娯楽などあらゆる項目から分析し、1936(昭和11)年基準の最低生活費を144円として位置付けました。

また、戦時体制下に入ると安藤は「生活指導」を強く意識していくため、戦時体制下における労働と生活について、「生活指導」を軸に検証しました。具体的には、安藤が分析した「新中間層」の労働と生活にふれると、サラリーマンの仕事への無気力さが生活不安や人間の機械化に起因していたことが分かりました。そこで、安藤は「生活の安定」と「勤労の人格化」を主張しました。その具体的方法は、戦時中の影響を受けていたことは否めませんが、仕事の作業効率を図り、労働時間を短縮させ、休養などの私的時間を増やすといった生活設計は、現代のワークライフバランスの議論との類似性に通ずるものであったことが分かりました。

海野幸徳の託児事業論

 戦前の託児所は、1920年代終わりに農繁期託児所と呼ばれた農村部の託児所の急増と託児所制度化の要求の高まりがみられました。この動向より遡って都市部では先駆けて託児所の普及がみられていたものの、結果としては1920年代終わり以降の農村部における急激な託児所の普及こそが託児所の社会的認知につながりました。このことを踏まえて、海野幸徳(うんの・ゆきのり)の託児所をめぐる議論を中心に、農村部の託児所の特徴を浮き彫りにしました。

海野の農村における託児所設置の議論は、託児事業には隣保相扶といった意義も含まれるといった解釈によって社会的意義を見いだすものとなりました。この海野による託児事業論の展開と関係づけられる1930年代にみられた農繁期託児所の普及は、社会事業法(1938年)による「社会事業としての託児所」という託児所の法的位置づけを決定的づけたと考えられます。その社会事業法の成立というところで大きな節目を迎える戦前の託児事業をめぐる動向は、その後も繰り返される労働と生活の関係性をめぐる問いの原点でもあります。

高田慎吾の児童保護論

 わが国の社会政策研究史を振り返ると、早くも1910年代にはすでに現代の「子ども・子育て支援」の体系に似た社会事業が展開されていた事実に突き当たります。 そこで、高田慎吾(たかだ・しんご)の所説を中心に児童貧困問題の起源をたどり、その構造的特質は一体どこにあるのか、そして現代日本の児童に関する諸施策にどのようなメッセージを与えるのか、その検討を行いました。

 高田の児童問題研究は、遺児や棄児あるいは私生子など特定の児童を保護の対象とする「慈善救済事業」から出発し、一般家庭(無産者階級)の児童や女性の労働問題など「社会政策的性格」を帯びた児童問題対策へと展開をみました。そのような高田の所説は、初期の渡欧体験で得た経験や、諸外国の社会情勢および社会事業を丹念に追究することで得た知識が土台になっていました。そして、高田が児童問題研究を展開していくなかで提起した点は、当時の家庭保護のあり方や子ども・子育て支援について一つの方向性を示しただけでなく、1世紀近くが経過した現代においてもなお相通ずるものがあることが分かりました。

河田嗣郎の女性労働論

近代日本における女性労働論の史的検証を通して、その古典的価値から現代的意義を見出し、改めて今日の家庭支援のあり方への示唆を引き出そうというものです。そこで、家庭支援の初期形態を問いただす契機となった1920年代の女性労働問題に焦点をあて考察しました。

具体的には、女性労働の実態に精通していた河田嗣郎(かわた・しろう)の所説を取り上げました。河田は、当時の工業女性労働の視点から労働そのものの改革あるいはそれと関連する家庭支援のあり方の検討を行いました。代表的な対策としては、男女平等を念頭においた「最低勞賃制の制定」や「同一様の仕事に對する同一様の報酬」、女性の職場環境の改善を目的とした「女子勞働組合」、託児所の必要性などが挙げられます。

結論として、河田の所説は現在実施されている政策の先駆けともいうべきものであり、差し迫った今日的課題に対して深層から訴える有益な示唆を与えてくれているということができます。

その他の関連研究①

本研究は、神戸常盤大学が採択された「平成29年度私立大学研究ブランディング事業」の一環で行われた研究です。兵庫県神戸市長田区の現行の子ども・子育て支援施策と長田区に住む子育て世代のニーズとの間に生じる情報乖離をいかに縮小させ、妊娠中から子どもが就学するまでの「切れ目のない」支援情報を提供できるか、情報の効果的なアクセス方法を検討することです。

具体的には、長田区政の情報発信と子育て世代の情報収集(キャッチ)の乖離の実態を把握するべく、双方からヒアリング調査などを行い、長田区の子ども・子育て支援の特有性を浮き彫りにし、長田区の地域特性を活かしながら、「切れ目のない」支援情報の提供について検討しました。

その他の関連研究②

本研究は、神戸常盤大学の授業(1年次科目)と同大学の事業である子育て総合支援施設「KIT」を連携することでみられる学生の資質向上を明らかにする共同研究です。現在、教育分野の養成校が抱える課題には以下の点が挙げられます。1つ目は小学校教員、保育士、幼稚園教諭に共通してみられる1年以内の早期離職の増加です。2つ目は保育実習時にみられる四年制大学特有のリアリティショックです。四年制大学の多くは1、2年次に座学などで幅広い知識を学んでから3年次に本実習を迎えます。その時に短大生や専門学生の技術力や専門性の高さを目の当たりにし、リアリティショックを受けるケースがあります。現に本学においても、本来ならばアドミッションポリシーに則り、実習に取り組むべきところを、先のリアリティショックから職業意識が低下し進路を変更してしまう学生が一定数存在します。そのため、早い段階から入学前に抱く「子どもが好き」「恩師への憧れ」など内的要因を多面的に捉えつつ、子どもの理解、保護者対応、事務処理などの技術力や専門性を高め、職業意識の定着と動機づけをもたせる取り組みを大学教育で行う必要があります。そこで、教育学部こども教育学科1回生を対象に、本学が所有する「KIT」の実践的な学びを通して、入学前に描く抽象的な教育者像や保育者像が、どのように具体化し将来の職業イメージへとつなげていくか、その過程を検証します。そして、2年後の本実習後に追跡調査を行い、早期体験実習のプログラムがどのようにつながっているか、その連続性を明らかにすることを目的に研究を進めています。